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「ローコスト経営」をビジネスの中心に

「ローコスト経営」をビジネスの中心にそろえている。それは商品を売るのではなく、買える環境をつくり出すということだ。整理整とんした、クリソリネスの徹底した売場。店舗も倉庫販売形式にし、ローコスト出店ができるようにする。主役はお客様、我々は売る側の都合よりも買うお客の要望を最大限に考える、というものなのである。しかし、何よりもユニクロ経営に見られるものは低価格でよい品質のものを提供する価格創造以外のなにものでもない。かつて中内功が価格破壊と唱えた逆のことを柳井は実行したのだ。自ら作り上げたバーティカルーイテグレーショソ(垂直統合)システムによって、自らのリスクで低価格衣料を作り出したのである。それこそ他でもないSPA業態の開発によるものである。まさにこの理念を実践してきたことが、今日のユニクロを創り上げたと言っても過言でない。

つねに顧客志向のマーケティングの発想

ファイブフォックスの人たちは時代を経て、ファッションビジネスの精神を培ってきている。当時、売場の店員たちは「ハウスマヌカン」という呼び名で特別な扱いされていた。彼女たちのキメ細い接客態度は売上げに大きく寄与してきた。客が店内にいると同世代のパクスーマヌカンが、笑顔のあいさつをしてくる。また客がなにげなく洋服を見ていると、「ジャケットなんてどうかしら」と友だちのような感覚でアドバイスする。これに比べすべてとはいわないが、百貨店の派遣店員の人たちは売らいといけないと、押しつけがましい態度ですすめていた。当時、なんと異なるのだろうと思ったものだ。同社の創業者であり社長の上田は、アパレルの経営者であっても「自分はアパレルのオヤジと思ったことはない。店のオヤジがたまたま商品を作っているうちにこうなった」と小売の発想でビジネスをしている。これは現代の日本のアパレル経営者にはない。つねに顧客志向のマーケティングの発想だったのだ。

地方レベルの、服のカジュアル化も見逃せない

地方レベルの、服のカジュアル化も見逃せない。アメリカの小さな街のティーンエイジャーたちが、父親の労働着に目をつけ、農場や森、牧場で着るアウターを改造したのだ。アメリカは広大で、大学がたくさんある。オックスフォード大学の学生たちが、たくさんの衣類を考案し、アメリカ生まれのカジュアルウェアに、その名がたくさん冠せられていることはよく知られている。キャンパスルックが、カジュアルウェアを広範に広めたのだ。これはアメリカ独特の現象だが、そのうねりが大きかったという意味では、ヨーロッパを遥かに凌ぐ。学生たちの総数が多かったこと、キャンパス独特の色使いがなされたこと、彼らが卒業後もそのウェアを身につけたためである。例えばプリンストン大とエール大では、マドラスチェックやブルーが流行し、それが全国の大学に波及した。南部の学生たちはこぞって黄がかった茶色、グリーンのシャツを好んで身につけた。とくにチェックのシャツは、カルト的に若者たちに迎えられ、フランスに渡り大流行した。